ホタルイカから感染する旋尾線虫症の現状と課題
(IASR Vol.46 p7-8:2025年1月号)
1990年代のグルメブームにより新鮮なホタルイカの生食が全国で広まり、 旋尾線虫症の発生件数が急増し、 多い時には年間15件以上が報告された1)。その後、 ホタルイカの流通において加熱調理や冷凍処理が推奨された結果、 発生件数は激減した2)。
旋尾線虫症は、 アカボウクジラ科鯨類を終宿主とするクラシカウダ属線虫(Crassicauda spp.)の第3期幼虫をホタルイカなどの待機宿主とともに生食することで感染が成立する寄生虫疾患である。ホタルイカ以外では、 秋田県におけるハタハタの生食例でも感染が確認されている1)。当初、 ホタルイカに寄生する線虫は「旋尾線虫タイプX幼虫」とされ、 種や終宿主は不明であった。しかし、 2007年にツチクジラから検出されたCrassicauda giliakiana成虫と旋尾線虫タイプX幼虫のミトコンドリアDNA配列(cox1)を比較した結果、 両者の親子関係が確認された3)。
最近、 国内で漂着した鯨類からクラシカウダ属線虫成虫が回収され、 リボソームDNAのITS2領域を用いた系統解析が行われた。その結果、 旋尾線虫タイプXは、 アカボウクジラ、 オウギハクジラ、 ツチクジラに寄生するCrassicauda giliakianaと同一種であることが確認された4)。特に日本海側でのアカボウクジラ科鯨類の分布から、 富山湾のホタルイカへの感染に最も関与しているのはオウギハクジラと推定された。また、 駿河湾ではCrassicauda anthonyi(アカボウクジラ)、 Crassicauda grampicola(オキゴンドウ)など、 他のクラシカウダ属線虫も確認されており、 日本国内には複数種のクラシカウダ属線虫が分布していることが明らかとなった。
ホタルイカのクラシカウダ属線虫幼虫の感染率は、 2011年以前の調査では2-7%と報告されていた1)が、 近年の調査では0.6-1.6%と低下している(表)。この感染率の低下は、 北陸地方でのオウギハクジラ漂着件数減少と関連していると考えられる5)。新潟県や富山県、 石川県におけるオウギハクジラの漂着は2000年代初頭に一定数確認されていたが、 ここ数年はほとんど観察されていない(図)。このことは、 ホタルイカの感染率とオウギハクジラの生息数に相関があることを示唆している。
旋尾線虫症の診断には、 かつて幼虫の薄切標本を用いた免疫学的診断が広く使用されていた。この方法では、 唾液腺の染色性を利用して特異的な陽性判定が可能であった6,7)。しかし、 近年は研究者の減少や幼虫の供給不足により、 新たな標本の作製が停滞し、 現在ではこの診断法はほとんど使用されていない。
症状としては皮膚爬行疹や腸閉塞が報告され、 治療は主に保存的治療が行われるが、 重症例では外科的手術が必要となる場合もある。治療薬としてはイベルメクチンの有効性が報告されており8)、 今後の治療法として期待されている。現在、 ホタルイカの流通において適切な処理が行われ、 感染率が低下したことで、 旋尾線虫症は稀な疾患となりつつある。しかし温暖化にともなう鯨類の分布変動や感染源であるホタルイカの継続的な感染確認を考慮すると、 旋尾線虫症への警戒を続ける必要があり、 突然の発生に備えた監視体制の構築が求められる。
参考文献
- 長谷川英男, 日本における寄生虫学の研究 7: 511-520, 1999
https://kiseichu-archives.blogspot.com/p/progress-med-parasitol-japan-j.html(外部サイトにリンクします) - 川中正憲, 杉山 広, IDWR 3(14): 8-10, 2001(PDF:552KB)
- 杉山 広ら, 寄生虫分類形態談話会 25: 4-7, 2007
- Kumagai T, et al., Int J Parasitol Parasites Wildl 20: 56-62, 2023
- 国立科学博物館, 海棲哺乳類データベース
https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/drift/index.php(外部サイトにリンクします) - 杉山 広ら, 日本臨床寄生虫学会誌 13: 98-101, 2002
- 吉川正英ら, J Nara Med Assoc 54: 43-47, 2003
- 大森香央ら, 臨床皮膚科 62: 940-942, 2008
日本文理大学保健医療学部保健医療学科
熊谷 貴