2024年に北海道で報告された複数のダニ媒介脳炎症例について
公開日:2024年10月25日
(IASR Vol. 45 p174-176: 2024年10月号)
はじめに
ダニ媒介脳炎(Tick-borne encephalitis: TBE)は、 TBEウイルス(TBE virus: TBEV)の感染によって起こるダニ媒介感染症である。感染後、 7~14日の潜伏期間を経て、 発熱や頭痛等の感冒様症状から痙攣や麻痺等の中枢神経症状を呈する。特異的な治療法はなく、 高い致命率と重度の障害を残す疾病である。TBEは、 世界では欧州を中心とした流行があるが、 日本では2018年までに北海道で5例報告されているのみであった1)。しかし、 本年6月および7月に道内でTBEの新たな症例が2例発生した。本稿では、 これらの概要について報告する。
検査方法
TBEは感染症法において4類感染症に指定され、 診断方法には病原体の検出や病原体遺伝子の検出、 または抗TBEV抗体の検出が挙げられている。しかし、 発症初期においてもTBEVおよびTBEV遺伝子を検出することは困難である2)ため、 TBEは主に抗TBEV抗体の検出に基づいて診断される。北海道では、 ELISA法によるTBEV特異的IgM抗体、 IgG抗体の検出およびTBEVを用いた中和試験を実施している。
症例報告
以下に本年発生した2例の概要を記すとともに、 これまでの症例を表にまとめた。
症例6
50代男性。5月X日、 道央圏域にて山菜採りをし、 ダニに脚部を咬まれた。X+12日に発熱や四肢のしびれ等の症状を呈し、 X+13日に医療機関を受診、 X+15日に入院した。その後、 X+18日に精査加療を目的として転院し、 転院先の医師がダニの刺咬歴および臨床症状からTBE等を疑い、 保健所を介して検査を依頼した。検査の結果、 第8病日の髄液、 第8・22病日の血清からTBEVに対するIgM抗体、 IgG抗体および中和抗体が検出された。一方で、 TBEV遺伝子はいずれの検体からも検出されなかった。また、 両病日の血清からBorrelia miyamotoiに対するIgM抗体が検出されたが、 血餅からB. miyamotoiの遺伝子は検出されなかった。その他、 日本脳炎、 急性弛緩性脊髄炎(対象病原体: エンテロウイルス)、 重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)、 エゾウイルス感染症、 ヘルペス脳炎およびライム病を診断するための検査結果はすべて陰性であった。以上よりTBEと診断され、 発生届が提出、 受理された。
症例7
70代男性。5月X日、 道南圏域にて山菜採りをした。X+9日に左上肢の震えを訴え、 X+10日に医療機関を受診し入院した。その後、 X+11日に呼吸状態が悪化し、 気管挿管されたうえで搬送、 転院となった。ダニ刺咬歴は不明であったが、 転院先の医師が患者の行動歴および臨床症状等からTBE等を疑い、 保健所を介して検査を依頼した。検査の結果、 第4・24病日の髄液、 第20・23病日の血清のうち、 第4病日の髄液を除くすべてからTBEVに対するIgM抗体およびIgG抗体が検出され、 中和抗体は全検体から検出された。一方で、 TBEV遺伝子はいずれの検体からも検出されなかった。また、 第23病日の血清からB. miyamotoiに対するIgM抗体およびIgG抗体が検出された。その他、 日本脳炎、 SFTS、 エゾウイルス感染症およびライム病を診断するための検査結果はすべて陰性であった。以上よりTBEと診断され、 発生届が提出、 受理された。
まとめ
今回の報告により、 日本におけるTBEの患者報告数は計7例となった。1例目を除き、 いずれの患者も検体からTBEVに対するIgM抗体およびIgG抗体が検出され、 また、 回復期血清はすべてTBEVに対して800倍以上の中和抗体価を示した(表)。なお、 道外の調査においてもヒトにおける複数の中和抗体陽性例(40-160倍の中和抗体価)や野生動物の抗体保有例が報告されている3,4)ことから、 道外でも患者が発生する可能性は否定できない。
ダニ媒介感染症は、 ダニの刺咬を防ぐことが基本的かつ最善の予防策である。草むら等のダニが多く生息する場所へ立ち入る際は、 肌の露出が少ない服装の着用や、 適切な忌避剤の使用等の対策が必要である。また、 これまで本症に対するワクチンは一部のトラベルクリニック等にて個人輸入ワクチンとして接種可能であったが、 2024年本邦においても製造販売承認5)されたため、 今後予防法の1つとして選択しやすくなるであろう。
既報のとおり6)、 当所に搬入された患者検体の後方視的調査により、 2例のTBEVに対する抗体陽性例が発見されている(表の注意:1, 2)。TBEは稀な疾病ゆえにその認知度は低く、 検査や診断に至っていないケースが数多くあると想定される。そのため市民のみならず、 医療関係者へ継続した情報提供と注意喚起を行うことが重要である。ダニの刺咬歴や野外活動歴のある原因不明の脳炎等の患者に対し、 TBEの検査をご希望あるいは検査に関してご不明な点があれば、 保健所を介して当所まで是非お問い合わせいただきたい。
謝辞: 検体採取および疫学情報の収集等にご協力いただいた関係者の皆様に深謝いたします。
参考文献
- 山口宏樹ら, 北海道の公衆衛生 50: 10-16, 2024
- Schwaiger M and Cassinotti P, J Clin Virol 27: 136-145, 2003
- Ohira M, et al., Emerg Microbes Infect 12: 2278898, 2023
- Yoshii K, et al., J Vet Med Sci 73: 409-412, 2011
- ファイザー株式会社, プレスリリース(2024年3月26日)
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2024/2024-03-26-04(外部サイトにリンクします) - 山口宏樹ら, IASR 44: 128-130, 2023
北海道立衛生研究所感染症センター
三津橋和也 渡 慧 駒込理佳 後藤明子 松山紘之 伊東拓也
田宮和真 山口宏樹
国立病院機構北海道医療センター脳神経内科
上床 恵
市立函館病院脳神経内科
堀内一宏 中村俊太郎 山田一貴
北海道大学大学院獣医学研究院
小林進太郎
札幌市保健所
川原良介 上野嵩登 大塚圭輔 森 卓哉 畠山亜希子 前木孝洋
札幌市衛生研究所
大西麻実 尾口裕介 高橋真司 菊地正幸 三上 篤 八田智宏
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