ダニ媒介脳炎における検査法の評価および後方視的調査結果について
公開日:2023年8月30日
(IASR Vol. 44 p128-130:2023年8月号)
背景
ダニ媒介脳炎(ダニ媒介性脳炎、Tick-borne encephalitis: TBE)は、フラビウイルス科フラビウイルス属に分類されるTBEウイルス(TBEV)の感染によって起こるダニ媒介感染症である。TBEVは自然界においてマダニとげっ歯類との間に感染環が維持されており、ヒトへの感染は主にマダニの刺咬による。日本では、1993年に国内初症例が北海道内から報告され(表1の症例1)1)、患者発生地域に生息するマダニ、野ネズミおよび放し飼いのイヌ等から極東型TBEV(致命率:約30%)が分離された2,3)。その後、2016年に2例目の患者が北海道内から報告され(表1の症例2)、当該患者は治療の甲斐なく亡くなった4)。
TBEは発病初期においても患者検体からのウイルス遺伝子の検出やウイルス分離が困難であることから5)、診断には特異的抗体の検出等による血清学的手法が用いられる。2016年の患者発生報告を受け、我々は北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室(北大)と共同でTBEの検査体制を整え、2017年6月より感染症発生動向調査に基づくTBEの行政検査を開始した6)。本稿では、2017年6月~2023年3月までの検査結果を示すとともに、その検査法の有用性について検討した。加えて、2017年6月以前のダニ媒介感染症疑い症例における後方視的調査結果もあわせて報告する。
対象検体
医師からダニ媒介感染症(TBE、重症熱性血小板減少症候群、ライム病および新興回帰熱等)の罹患を疑われ、感染症発生動向調査の対象として北海道立衛生研究所(当所)に搬入された患者検体を用いた。なお、回復期血清が搬入された症例においては、急性期および回復期それぞれの血清(ペア血清)を用いた。
検査方法
「Strep-tagを付加した極東型TBEVのウイルス様粒子」を抗原とするIgM捕捉ELISA7)およびIgG-ELISA8)(それぞれ一部改変)を当所にて実施し、極東型TBEVを用いた中和試験を北大にて実施した。なお、本研究は、当所倫理審査委員会の承認を得て実施した。
結果と考察
2017年6月~2023年3月に当所に搬入された294症例369検体についてELISAおよび中和試験を実施した結果、新たに3症例(6検体)からTBEVに対する特異的抗体が検出された(表1の症例3、4、5)。この3症例については、ELISAにおいてIgM抗体の検出やペア血清のIgG抗体陽転が確認され、中和試験においても抗体価の有意な上昇がみられた。これら3症例は症状、血清学的検査および疫学調査の結果からいずれも北海道内で感染したTBEと診断され、医師から発生届が提出された。なお、3名のうち1名が死亡し、1名に後遺症が残った。
次に、369検体におけるELISAと中和試験の結果を比較した(表2)。IgM捕捉ELISAにおいて陽性の6検体は症例3、4、5のペア血清であり、中和試験の結果と一致し、偽陰性・偽陽性は生じなかった。一方、IgG-ELISAで陽性の結果が得られた検体のうち、8検体については中和試験にて陰性と確認されたことから、これらは非特異反応による偽陽性の結果を示したと考えられた。また、IgG-ELISAで陰性、中和試験において抗体が検出された3検体はいずれも症例3、4、5の急性期血清であり、それぞれの回復期血清においてIgG抗体陽転が確認された。当所に搬入される検体は発症直後の急性期検体が多く、検体採取時点ではIgG抗体の検出が困難な場合がある。正確な検査結果を得るためには、IgM捕捉ELISAとIgG-ELISAを併用することと、ペア血清を用いることが重要である。今回、我々が実施するIgM捕捉ELISAおよびIgG-ELISAにおいて、中和試験にてTBEV抗体陽性と判定した症例すべてを検出できたことから、これらELISAはスクリーニング検査として極めて有用であることが明らかとなった。
2017年6月以前に当所に搬入された88症例99検体(表1の症例2を含む)において後方視的調査を実施したところ、3症例(3検体)からIgM抗体および中和抗体が検出され(表1の症例2、6、7)、新たに2名のTBEV抗体陽性症例の存在が明らかとなった。なお、当所では症例6および7の回復期血清は所有しておらず、また、転帰も不明である。TBEV抗体陽性症例は他研究においても報告されており9)、本調査において北海道内にはTBEの診断に至らなかった感染者がさらに複数名存在していたことが示唆された。なお、症例1、6、7の感染症発生動向調査に基づく発生届は未登録である。
北海道内ではTBEのほか、ライム病や新興回帰熱の患者が毎年報告されているだけでなく、新規ダニ媒介感染症であるエゾウイルス感染症の罹患患者も複数名報告されている10)。これらダニ媒介感染症の予防には、マダニに刺咬されないための基本的予防策(肌を露出しない服装、忌避剤の利用等)を講じることが重要であり、感染リスクが高いと考えられる人々(登山者、農業従事者および狩猟関係者等)への注意喚起や啓発の強化が求められる。
検体採取および疫学情報の収集等にご協力いただいた医療機関や保健所等の関係者の皆様に深謝いたします。
参考文献
- Takashima I, et al., J Clin Microbiol 35: 1943-1947, 1997
- Takeda T, et al., J Med Entomol 35: 227-231, 1998
- Takeda T, et al., Am J Trop Med Hyg 60: 287-291, 1999
- 好井健太朗ら, IASR 38: 126, 2017
- Schwaiger M, et al., J Clin Virol 27: 136-145, 2003
- 山口宏樹ら, IASR 39: 46-47, 2018
- Nakayasu M, et al., Ticks Tick Borne Dis 9: 1391-1394, 2018
- Inagaki E, et al., Ticks Tick Borne Dis 7: 723-729, 2016
- Yoshii K, et al., Emerg Infect Dis 23: 1753-1754, 2017
- Kodama F, et al., Nat Commun 12: 5539, 2021
北海道立衛生研究所感染症センター
山口宏樹 駒込理佳 三好正浩 伊東拓也
後藤明子 三津橋和也 渡 慧 山野公明
北海道大学大学院獣医学研究院
小林進太郎 苅和宏明
長崎大学高度感染症研究センター
好井健太朗