国立感染症研究所エイズ研究センターの近況
(IASR Vol. 45 p170-171: 2024年10月号)
エイズ研究センターは1988年に設立され、 HIV感染症の制圧に結びつく研究の推進を主目的とし、 わが国のエイズ対策研究において中核的な役割を果たしてきた。私は、 2010年より2024年までエイズ研究センター長を務めてきたが、 本稿は、 その間のエイズ研究センターの果たしてきた役割・成果の概要である。
エイズ研究センターの業務は、 大別すると、 基盤研究、 公衆衛生業務、 研究開発に大別される(図)。
基盤研究
2010年より、 伝播増殖機序解析等のウイルス学的研究に加え、 感染免疫動態や病態の解析等の感染免疫学的研究の強化を進めた。霊長類動物モデルおよびHIV感染者検体を用いた先駆的研究を推進し、 HIV特異的CD8陽性T細胞反応によりHIV複製制御に結びつく機序の解明研究を展開した。さらに、 中和抗体によるウイルス抗原の抗原提示細胞への取り込み亢進に基づくT細胞反応増強効果を見出した。本研究成果は、 HIV cure(治癒)に向けた広域交差性中和抗体療法およびT細胞誘導ワクチン併用療法の戦略基盤として、 近年、 注目されている。また、 HIVのHLA適応変異蓄積によって、 in vitro複製能は低下するものの、 細胞傷害性T細胞(CTL)抵抗性獲得が進み、 in vivo病原性が増強することを報告した。本研究成果は、 HIV流行が継続することによる高病原化のリスクを示唆するものである。
公衆衛生業務
エイズ発生動向調査結果に基づくエイズ発生動向年報作成に中心的役割を果たしてきた。UNAIDSからは、 2014年よりケアカスケードに基づく90-90-90戦略が提唱され、 近年では95-95-95戦略へと進展しているが、 そのための最初のステップとして必要な診断率把握に向け、 エイズ研究センターでは早期診断率推定法を構築し、 国内診断率推定の精度向上に向けた研究を推進した。薬剤耐性動向調査を含む国内感染者HIVゲノム解析研究を継続発展させるとともに、 そのデータを用いたtransmission cluster解析を進め、 精度の高い動向把握に向けた研究も展開している。一方、 体外診断薬の承認前検査や、 血清パネル構築等のレファレンス業務も担当してきた。地方衛生研究所等との連携も強化し、 診断検査体制向上、 精度管理への貢献も行ってきた。
研究開発
上記の基盤研究の成果に基づきT細胞ワクチン開発研究を推進し、 デリバリー系として開発を進めたセンダイウイルスベクターについては、 ルワンダ、 ケニア、 英国におけるIAVIとの国際共同臨床試験第一相に進展した。さらに、 新規抗原を用いたワクチンの感染防御効果を霊長類動物モデルで実証し、 国際共同研究に進展している。また、 これらの技術を活用し、 HTLV-1やSARS-CoV-2に対するワクチン開発研究も展開している。一方、 Cureに向けて、 iPS細胞由来CD8陽性T細胞を用いた研究も進めている。
HIV感染症の制圧には、 基礎・臨床・社会の連携が重要であることを踏まえ、 国内外の連携も強化してきた。国内では、 特に、 国立国際医療研究センターのエイズ治療研究開発センターおよび熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター(旧エイズ学研究センター)との強固な連携を進展させた。また、 東京大学医科学研究所附属病院等との連携も強化し、 臨床ゲノム情報統合データベース整備事業を展開した。コミュニティとの連携強化にも努め、 Mpox流行に対応したコミュニティ連携への貢献にもつながっている。
海外との連携では、 世界保健機関(WHO)のHIV・肝炎・性感染症プログラム、 核酸ワクチン指針作成やHIVレファレンス業務等に貢献してきた。日米医学協力計画エイズ部会のco-chairとして、 日米連携・若手研究者交流に尽力し、 米国NIH/NIAID、 Wisconsin・Emory・Tulaneをはじめとする霊長類研究センター、 Northwestern大学、 Miami大学等との連携を発展させた。フランスのパスツール研究所等との連携も強化し、 HIVをはじめとするウイルス研究をテーマとして、 2年に1度の日仏基礎研究シンポジウム開催を開始し、 若手研究者交流を推進している。ベトナム国立衛生疫学研究所(NIHE)やガーナ野口記念医学研究所をはじめとして、 アジア・アフリカ・南米各国との連携も開始し、 精度の高いHLAタイピング法や下痢症ゲノム診断技術の導入等の成果に加え、 マイクロバイオームと宿主の相互作用に関する共同研究が進展している。一方、 アジア・アフリカ・南米等を対象とし、 その診断検査技術向上およびサーベイランス強化を目的として、 国際協力機構(JICA)の協力によるHIVを含む各種感染症の診断技術・サーベイランスに関する国際研修を1993年より毎年開催し、 グローバルな視点での感染症制圧に貢献してきた。また、 連携大学院を活用し、 2010年以降20名以上の博士号取得者を輩出する等、 国内外の次世代研究者の育成に努めている。
これまで進めてきた研究・開発、 国内外連携、 人材育成等の成果が、 今後のHIVをはじめとする感染症の制圧に結びつくことを期待している。
国立感染症研究所俣野哲朗