MSMを対象としたメンタルヘルスと性行動に関するweb調査
(IASR Vol. 45 p168-169: 2024年10月号)
令和5(2023)年度の「地域におけるMSMのHIV感染・薬物使用予防策と支援策の研究」1)は、 日本におけるmen who have sex with men(MSM)のHIV感染リスクや薬物使用に関する実態を把握し、 これらの問題に対する効果的な予防策および支援策を検討することを目的とした研究である。本研究は、 特にMSMが一般集団と比較して薬物使用率やHIV感染リスクが高いことに着目し、 薬物使用の背景や依存の重症度に影響を与える要因を分析したものである。
1. 研究の背景と目的
MSMは、 世界的にみてもHIV感染リスクが高い集団とされており、 日本においてもその傾向が顕著である。さらに、 MSMの薬物使用率は一般集団よりも高く、 薬物使用がHIV感染リスクを高める性的行動と関連していることが多くの研究で示唆されている。欧米の研究では、 MSMの薬物使用率は一般集団の約3-5倍に達することが報告されており、 日本においても同様の傾向がみられる。
本研究の主な目的は、 日本のMSMにおける薬物使用の実態とその背景要因を明らかにし、 薬物依存の重症度に関連する要因を特定することである。これにより、 MSMに特有の支援策を検討し、 HIV感染リスクの低減に貢献することを目指している。
2. 研究方法
本研究では、 MSMのメンタルヘルスや性行動に関するwebアンケート調査「第2回LASH(Love Life and Sexual Health)」2)のデータを使用した。この調査は、 2022年11月21日~2023年1月5日にかけて実施され、 合計6,071人の回答を得た。この中から、 小児期逆境体験(Adverse Childhood Experiences: ACEs)と薬物使用の関連を分析するために、 全質問に回答した4,364名を解析対象とした。また、 薬物依存の重症度を測定するために、 薬物使用経験があり、 該当質問にすべて回答した747名を対象に分析を行った。
3. 主要な結果
3-1. 小児期逆境体験(ACEs)の影響
ACEsとは、 小児期における被虐待や機能不全家族との生活による困難な体験のことである。ACEsは成人期以降の心身の健康に影響を及ぼすという疫学研究結果が報告され、 現在ではACEs研究として広く知られている。また海外では、 薬物使用やHIV感染リスクに影響を与える重要な要因となる可能性も指摘されている。
本研究では、 ACEsの影響を評価するために、 11項目の質問を用いた。これには、 「18歳までにセクシュアリティやジェンダーに関連したいじめを受けた経験があるか」というMSM特有の質問も含まれている。ACEsスコアは0-11点までの範囲で算出され、 点数が高いほどリスクが高く、 カットオフ値として4点未満と4点以上に分けて分析した。
解析対象者4,364名のうち、 ACEsスコアが4点以上の者は全体の14.5%(634名)を占めており、 HIV陽性者においてはさらに高い割合がみられた。具体的には、 HIV陽性者の20.7%がACEsスコア4点以上であったのに対し、 HIV陰性者またはHIVステータス不明者では14.0%に留まった(カイ二乗検定結果: p-value=0.002)。これは、 HIV陽性のMSMが幼少期に逆境体験を多く経験していることを示唆している。
3-2. 性行動との関連
ACEsスコアと性行動との関連性を調べた結果、 ACEsスコアが高いMSMは、 リスクの高い性行動を取る傾向が強いことが明らかになった。例えば、 セックスパートナーの数が6人以上である割合は、 ACEsスコアが4点以上のグループで31.2%に達し、 4点未満のグループでは28.0%であった。また、 セックスワークの経験がある割合も、 ACEsスコアが高いグループで6.2%と、 4点未満のグループの2.9%に比べて有意に高いことが分かった(p-value=0.002)。
さらに、 ACEsスコアが高いMSMは、 過去6カ月間に薬物を使用している傾向が高く(aOR: 1.79、 95%信頼区間: 1.22-2.62)、 市販薬や処方薬を乱用している傾向も高い(aOR: 2.06、 95%信頼区間: 1.68-2.53)可能性が示唆された。
3-3. 薬物依存の重症度
薬物依存の重症度を測定するために、 DAST-20(Drug Abuse Screening Test-20)を使用した。ACEsスコア(4点未満/4点以上)を独立変数としたロジスティック回帰分析では、 DAST-20スコアが6点以上(中度以上の薬物依存)との関連が有意に強い(aOR: 3.66、 95%信頼区間: 1.88-7.12)ことが認められた。
特にHIV陽性者は、 HIV陰性者またはHIVステータス不明者と比較して、 薬物依存の重症度が高い傾向があった。この結果から、 HIV陽性のMSMには、 特別な支援が必要であることが示唆された。
3-4. 機会的薬物使用の傾向
MSMにおける薬物依存の重症度が「軽度」に留まる者が多い一方で、 これらのMSMはセックスなどの特定の状況下でのみ薬物を使用する「機会的薬物使用者」である可能性が高いと考えられる。このような機会的薬物使用者に対しては、 従来の司法モデルや治療モデルに基づく薬物乱用防止プログラムが適合しない場合が多く、 プログラムの継続に対する動機付けが重要な課題となる。
また、 機会的薬物使用者に対しては、 ハームリダクションの観点から、 薬物使用を完全に排除するのではなく、 使用による健康リスクを最小限に抑えるためのサービス提供が求められる。具体的には、 性感染症予防や曝露前予防内服(pre-exposure prophylaxis: PrEP)に関する情報提供、 リスクの高い性行動に対するカウンセリングなどが効果的であると考えられる。
4. 結論
本研究の結果から、 日本のMSMに対するHIV感染予防策および薬物使用に関する支援策は、 彼らの幼少期の逆境体験やメンタルヘルスの問題にも配慮した包括的なアプローチが必要であることが強く示される。特に、 HIV陽性者に対しては、 薬物依存の重症度が高い傾向があるため、 ハームリダクションを含む包括的な介入が不可欠である。
また、 薬物依存の重症度が軽度であるMSMに対しては、 彼らの薬物使用が特定の機会に限定されている可能性が高いことを考慮し、 従来の治療プログラムではなく、 動機付けを重視した支援が求められる。これには、 性感染症予防やPrEPの利用促進に関する情報提供が含まれ、 彼らの健康リスクを低減するための包括的なサービス提供が必要である。
さらに、 ACEsスコアが高いMSMは、 薬物使用やリスクの高い性行動をとる可能性が高いため、 早期からの予防的介入が重要である。これには、 教育やコミュニティサポートを通じて、 MSMが直面する逆境体験に対する対処スキルを向上させることが含まれる。
本報告書は、 MSMに特有の課題に対する効果的な支援策を検討するための貴重なデータを提供しており、 今後の研究や政策立案において重要な基盤となることが期待される。特に、 MSMに対する包括的な支援策を実施することで、 HIV感染リスクの低減や薬物依存の予防に貢献できる可能性が高いと考えられる。
参考文献
- https://chiiki-shien.jp/admin/wp-content/uploads/R05hokoku_01.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:1,147KB)
- 第2回 LASH調査報告書
https://stayhealthy.tokyo/eBook/love_sex_lash_2024/(外部サイトにリンクします)
ぷれいす東京
生島 嗣 三輪岳史
長寿リハビリセンター病院
山口正純