小児におけるMRSA感染症について
公開日:2024年3月26日
(IASR Vol.45 p39-40:2024年3月号)
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)は小児においても重要な耐性菌であり、一般診療での遭遇頻度も高い。健常成人のMRSA保菌率は2-10%で、小児の保菌率はそれより高いとされているが、地域や人種によっても異なる。新生児期から小児期にかけての、黄色ブドウ球菌の保菌率を調べた縦断研究によると、生後8週までに40-50%の児が母親由来の黄色ブドウ球菌を保菌するが、生後6か月時点では保菌率は21%まで下がるとされている1)。低下の理由として、黄色ブドウ球菌への免疫反応の発達と、上咽頭での他の微生物と競合が起こること、の2つが影響しており、また、肺炎球菌の保菌率と黄色ブドウ球菌の保菌率が逆相関する、との報告もある2)。
小児におけるMRSA感染症の最重要課題は、新生児集中治療室(NICU)での感染対策であろう。早産児、低出生体重児は皮膚のバリア機能が未熟であること、保育器内の高温・多湿環境で管理を要すること、集中治療にともない血管内デバイスや挿管チューブなどの人工物が必要となること、さらに、手技や処置によって医療者と頻回に接触すること、などがMRSAの定着の危険因子となる。厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)の2022年の報告によると、NICUにおける感染症の原因菌は、黄色ブドウ球菌が23.0%〔MRSA:11.8%、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptible Staphylococcus aureus:MSSA):11.2%〕と最多であった3)。NICUでのMRSA感染症が臨床に与えるインパクトは大きく、死亡率は、施設によって異なるものの2.9-28%であり、さらに出生体重1,500g未満の児においては、脳性麻痺や気管支肺異形成、壊死性腸炎などの合併症との関連が示されている4)。米国疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインでは、表のようないくつかの具体的な対策が示されている5)。これらのうち最も基本的で、かつ最も重要なのが、手指衛生を遵守することである。医療者の「手」を介した感染拡大を防止するために、教育やトレーニングを通して、職種間・チーム間での連携を強化する。加えて、環境整備や物品管理もまた重要である。高頻度接触面を中心に1日1回以上の環境整備を徹底する。またNICUには、聴診器や体温計などの一般的な診察器具に加えて、保育器や沐浴槽、哺乳瓶や乳首などNICUに特徴的な物品もあり、交差感染には十分気をつけたい。自施設の洗浄や消毒方法についても確認しておくのがよい。
次に、MRSAの鼻腔保菌検査が抗菌薬の適正使用に対して有用かもしれない、との研究について述べる。小児集中治療室に入る重症小児患者において、鼻腔でのMRSA保菌検査が陰性の場合、MRSA感染症を起こす可能性は非常に低い、との研究結果が示された6)。鼻腔のPCR検査でMRSAが検出されなかった場合は、MRSA感染症に対する陰性的中率が99.8%であり、例えば経験的治療でバンコマイシンを開始したが中止すべきかどうか迷う場合に、保菌検査の結果に基づいて、バンコマイシンを中止できるかもしれない、としている。成人領域からもすでに同様の報告はみられており、抗MRSA薬の適正使用という観点から、今後も注視すべき分野である。ちなみに本研究でのMRSA感染症に対する陽性的中率は9.7%であり、保菌検査が陽性であっても、その感染症の原因菌がMRSAであるとは限らない。また本研究の対象集団におけるMRSA保菌率は、8.6%と低く、保菌率が高い集団であれば、陰性的中率は下がることに留意すべきである。
主に集中治療領域について記述してきたが、最後に健常小児にも関連する、Panton-Valentine leukocidin(PVL)という毒素について述べる。MRSAを含む黄色ブドウ球菌は、病原因子として種々の毒素を産生し、多彩な臨床症状を引き起こす。毒素性ショック症候群と関連する毒素性ショック症候群毒素(TSST-1)や伝染性膿痂疹と関連する表皮剥脱毒素(exfoliative toxin)がその代表である。PVLは黄色ブドウ球菌の産生する毒素の一種で、好中球を溶解し、組織壊死を引き起こす。PVL遺伝子は、本邦ではMSSAの2.3%、MRSAの41.3%で陽性と報告されており、特にMRSAにおけるPVL遺伝子保有株の割合は、経時的に増加傾向である7)。PVL産生MRSAは特に皮膚軟部組織への親和性が高く、健常小児に対しても壊死性筋膜炎などの重症感染症を引き起こすことがある。また難治・再発の皮膚軟部組織感染症を起こすこともしばしばあり、典型例では四肢や臀部などに皮下膿瘍が多発し、寛解と増悪を繰り返す。このような症例では、家族内でも同様の症状がみられることもある。切開排膿や抗菌薬などの通常治療に加えて、家族を含めた治療介入や、スキンケア、タオルやリネンの清潔保持、除菌の検討、などが重要なポイントとなる。疑わしい症例の場合は、PVL産生株かどうか、検査を検討してみてもよいだろう。
参考文献
- Peacock SJ, et al., J Clin Microbiol 41: 5718-5725, 2003
- Bogaert D, et al., Lancet 363: 1871-1872, 2004
- 公開情報 JANIS新生児集中治療室部門 2022年年報
https://janis.mhlw.go.jp/report/open_report/2022/3/4/NICU_Open_Report_202200.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:473 KB) - Dong Y, et al., Neonatology 114: 127-134, 2018
- CDC, Recommendations for Prevention and Control of Infections in Neonatal Intensive Care Unit Patients: Staphylococcus aureus(2020)
https://www.cdc.gov/infection-control/hcp/nicu-saureus/?CDC_AAref_Val=https://www.cdc.gov/infectioncontrol/guidelines/NICU-saureus/(外部サイトにリンクします) - Crawford L, et al., J Pediatric Infect Dis Soc 13: 84-90, 2023
- Kaneko H, et al., Microbiol Spectrum 11: e0124823, 2023
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター小児感染症内科
張 慶哲