コンテンツにジャンプ
国立健康危機管理研究機構
感染症情報提供サイト
言語切り替え English

トップページ > サーベイランス > 病原微生物検出情報(IASR) > IASR特集記事 > マイコプラズマ肺炎の知られざる歴史~Pinehurst trialsからの知見~

マイコプラズマ肺炎の知られざる歴史~Pinehurst trialsからの知見~

公開日:2024年1月30日

(IASR Vol.45 p5-6:2024年1月号

第2次世界大戦の頃、軍隊を中心に市中で高熱と持続する咳嗽を主症状とする謎の肺炎が流行した。当時はMycoplasma pneumoniaeM.pneumoniae)の培養方法が確立されておらず、謎のウイルス肺炎とされていた。M.pneumoniaeは細菌の濾過フィルターであるSeitz filterをすり抜けてしまうほど小さかったことは知る由もないためである。

Dingleらを筆頭にしたCommission on Acute Respiratory Diseasesは、謎のウイルス肺炎とおぼしき患者から得られた鼻汁や喀痰を集め、合計3回のヒトへの感染実験、すなわち「Pinehurst trials」を1943年10月、1944年の夏に行った1-3)。Pinehurstは米国の地名である。

「Pinehurst trial 1」では、患者から採取した咽頭うがい液や喀痰をスプレーで健常者のボランティア12人に噴霧したところ、10人に発熱や肺炎などが生じた。次に「Pinehurst trial 2」では、噴霧前にホテルで3週間の隔離をされ、健常者であることを確認された36人の男性(19~45歳)のボランティアが対象となった。16人が3階の個室に、20人が2階の個室にそれぞれ隔離され、スタッフはマスクを装着、食事の容器は蒸気で滅菌し配布された。近隣の病院で2カ月間に得られた7人の患者からの鼻汁や喀痰などの呼吸器検体(-70℃で保存)を2日前に解凍し、被験者ボランティアの鼻と咽頭に深吸気に合わせて耳鼻科医が使用する噴霧器で投与され、手技ごとに器具は滅菌処理が行われた。Group A(n=12)はSeitz filterを通した検体を噴霧したところ、肺炎(n=4)、呼吸器症状(n=5)、無症状(n=3)であり、オートクレーブで滅菌した検体を噴霧したGroup B(n=12)では、肺炎(n=3)、呼吸器症状(n=1)、無症状(n=8)であった。処置無しの生検体噴霧群Group C(n=12)では、肺炎(n=3)、呼吸器症状(n=9)、無症状(n=0)であった。Group Bでも肺炎や呼吸器症状の発症者がいたのは患者間での伝播やM.pneumoniaeの汚染による影響が考えられた。「Pinehurst trial 3」では、18~39歳の42人の男性からなる新たな健常なボランティアにより再度の検証実験が行われた。ドアの開閉をより厳格に行い、噴霧者はガウン、マスクを着用(噴霧ごとに交換)、噴霧の3~4週間前には被験者は同様に発症していないかどうかの観察期間をおいた。Group Aは3階で、Group B、Cは2階に隔離された。Group A(n=18)はオートクレーブで滅菌した検体を噴霧し、肺炎(n=0)、呼吸器症状(n=1)、無症状(n=17)であり、Group B(n=12)はSeitz filterを通した検体を噴霧し、肺炎(n=3)、呼吸器症状(n=5)、無症状(n=4)であった。Group C(n=12)は生検体を噴霧し、肺炎(n=3)、呼吸器症状(n=5)、無症状(n=4)であった。これらの検証実験から、Seitz filterを通した呼吸器検体の噴霧ではボランティアが同様の肺炎を発症し、オートクレーブで滅菌した検体では発症しないことが確かめられ、Dingleらはこれを“ウイルス肺炎”と診断したのである。

一方、Eaton(図1)は謎の肺炎と診断された患者から得られた呼吸器検体を鶏卵で培養し4)、ハムスターやラットに投与すると、同様の肺炎を呈することを示し5)、これをEaton agentと呼んだ。M.pneumoniaeそのものである(図2)。EatonらはEaton agentをボランティアに投与することはなく、Dingleらのグループもヒトへの感染実験でEaton agentを用いることはなかった。

反目し合う2つのグループにより、1963年にMycoplasma pneumoniaeと命名されるまでおよそ15年の歳月を要する。その間、一度はウイルスと考えられたM.pneumoniaeは、マウスの腎臓組織を使った培養方法が開発され、無細胞培養も可能となった。さらに、可視化するための蛍光抗体法も開発され、Eaton agentがヒトのボランティアに下気道炎を起こすことが証明された。1961年に米国National Institutes of Healthのカンファレンスでようやく謎のウイルス肺炎が“細菌感染症”であり、病原菌として認められ、1963年にMycoplasma pneumoniaeと命名された6-8)

参考文献

  1. Bull Johns Hopkins Hosp 79: 97-108, 1946
  2. Bull Johns Hopkins Hosp 79: 109-124, 1946
  3. Bull Johns Hopkins Hosp 79: 153-167, 1946
  4. Eaton MD, et al., J Exp Med 82: 317-328, 1945
  5. Eaton MD, et al., J Exp Med 79: 649-668, 1944
  6. Chanock RM, Science 140: 662, 1963
  7. Marmion BP, Rev Infect Dis 12: 338-353, 1990
  8. Saraya T, Front Microbiol 7: 364, 2016

杏林大学呼吸器内科
皿谷 健

PDF・Word・Excelなどのファイルを閲覧するには、ソフトウェアが必要な場合があります。
詳細は「ファイルの閲覧方法」を確認してください。