東京都の高齢者福祉施設における疥癬集団発生事例
公開日:2024年3月26日
(IASR Vol.45 p44-45:2024年3月号)
疥癬は、ヒト皮膚角質層に寄生したヒゼンダニが、ヒトからヒトへ感染することで広がる疾患である1,2)。疥癬は診断や治療が確立されているものの、現在でも高齢者施設等での集団発生事例が散発しており、対応に苦慮する事例も多い。今回、都内の保健所が管内高齢者福祉施設で長期に及ぶ疥癬集団発生事例を経験したので、その疫学調査について報告する。
探知および症例定義
2023年7月7日、保健所は管内高齢者福祉施設から「入所者1名が通常疥癬と診断された」と報告を受け、以降、積極的疫学調査を開始した。2023年7~9月にかけて皮膚症状を有する入所者のうち、2022年8~10月にかけて疥癬の診断を受けた者もいた。疥癬は数カ月を経て再感染/再燃することが知られ、前年から感染が継続している者がいる可能性を考慮し、前年6月まで遡って症例を探索することとした。確定例を「入所者および職員のうち、2022年6月1日以降に疥癬の症状を呈し、疥癬と診断された者」、治療例を「入所者および職員のうち、2022年6月1日以降に疥癬の症状を呈し、疥癬と診断されなかったが、治療薬の処方を受けた者」とした。症例定義の期間の終点については、最終症例の診断から潜伏期間(1カ月)の2倍である2023年11月30日とした。
施設概要
当該施設では、1階11名、2階29名、3階30名の合計70名全員が個室に入居し、調査期間に退所した者から算出した平均入居期間は2年3カ月であった。入所者は約7割がおむつ交換や移乗等の介助を要し、職員との接触機会が多かった。職員は常勤職員38名(うち介護士30名)であるが、当該施設での勤務日数が短い非常勤職員が常時配置されていた。施設専属の医療機関はなく、各入所者が3カ所の内科診療医療機関と個別に往診を契約し、外来受診が必要な際は家族が受診日の調整や付き添いをしていた。
記述疫学
症例は31例(確定例19例、治療例12例)で、2階を中心に全フロアで患者が発生した。職員で確定例、治療例に該当する者はいなかった。記録されていた皮膚症状の出現部位は背部、胸部、大腿部が高頻度で、疥癬の初期病変となりやすい手掌は2名のみであった。流行曲線をみると、診断月別では2022年8~10月と2023年7~9月に症例数が増加した(図上段)。一方、発症月別では2022年6月に初発例が発症し、11月の収束判断後も症状を有する入所者が継続して存在していた(図下段)。発症から診断までの日数(中央値)は52(1-262)日であった。2023年9月を最後に症例の発生はない。
対応経過
(1)医療機関の選定と診断治療の実際
2023年7月の探知以降、保健所は有症状者の早期受診を施設に依頼したが、疥癬の診療が可能な皮膚科医療機関の選定が困難であった。また、入所者と職員の一斉診察は、法人本部の許可を得る必要があり、探知から診察実施まで1カ月以上がかかった。加えて、複数の皮膚科医療機関が疥癬の診療を行ったため、対応の一貫性が保ちにくかった。
(2)施設内の皮膚観察
介護士は入所者の皮膚を観察していたが、医療機関への受診を判断する看護師へ報告されていないケースもあり、保健所は皮膚症状の報告基準を助言した。
(3)施設の感染管理
2023年7月の時点で角化型疥癬の発生はなかったが、複数例の患者発生を受け、施設は角化型疥癬に推奨される接触予防策をとっていた。一方、介護士への感染管理教育の機会も少なく、標準予防策への理解も十分ではなかった。保健所は職員に対して標準予防策に関するレクチャーの実施とともに、職員が手洗いできる環境の整備を具体的に助言し、啓発資材も作成した。
(4)他施設への情報提供
2023年9月に退所者が転出先の医療機関で疥癬を発症し、医療機関職員1名が感染した事案が生じた。これをうけて保健所は施設に対して、退所者の転出先へ転出元の疥癬の発生状況を情報提供することを助言したところ、他には退所者が転出先で疥癬を発症していないことを確認した。入所者を転出させる際、施設での発生状況や対応等を転出先へ適時適切に伝達する必要性が改めて認識された。
考察
本事例では、長期間にわたり有症状者が発生し、未診断の症例や再感染/再燃の症例が感染源となった可能性が示唆された。また、集団発生事例の経験豊富な医療従事者が乏しく、施設における医療機関との連携の多様化から、集団発生に対する対応に難渋した事例であった。
施設では、平時の皮膚観察と感染管理に関する研修、施設内外の情報共有に加えて、医療機関への相談・受診体制の確立、疥癬の診療に精通した臨床医の確保、が求められた。また、複数の医療機関がかかわり、診療方針や集団発生対応にかかる方針を共有し一貫性を保つことが困難であった。施設の発生状況を踏まえた診察およびガイドラインに即した治療は重要であり、施設の環境と人的資源を考慮した保健所の早期介入と継続したコーディネーションが終息への鍵になることが改めて認識された。
臨床医や自治体職員は、日本皮膚科学会の『疥癬診療ガイドライン(第3版)』1)ならびに東京都で刊行した『地域ケアにおける疥癬対応マニュアル(第3版)』2)を参照し、疥癬に対応している。一方、それらのガイドラインやマニュアルでは、施設での集団発生時の対応にかかわる記載が乏しく、施設・医療機関・保健所等の関係者が発生時に協働し、対応する際の指針が示されていない。今後、集団発生に対応するためのマニュアル(初動から終息に向けた対応のステップや、医療の介入の必要性を示す等)の整備が求められる。
謝辞: 本事例の調査に快くご協力いただいた高齢者福祉施設の皆様に厚くお礼申し上げます。
参考文献
- 石井則久他, 疥癬診療ガイドライン(第3版), 日皮会誌125(11): 2023-2048, 2015
- 東京都多摩立川保健所, 地域ケアにおける疥癬対応マニュアル(第3版)
東京都多摩立川保健所
熊倉恵美 岩下裕子 長嶺路子
東京都保健医療局保健政策部
安岡圭子
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP)
高橋あずさ 折目郁乃
薬剤耐性研究センター併任実地疫学研究センター
黒須一見 山岸拓也
実地疫学研究センター
池上千晶 島田智恵 砂川富正