院内提供食が原因と考えられたSalmonella Enteritidis感染症症例の集団発生

院内提供食が原因と考えられたSalmonella Enteritidis感染症症例の集団発生
(IASR Vol. 43 p294-295: 2022年12月号)2019年5月下旬~7月上旬に, 香川労災病院(404床の急性期病院)の入院患者においてSalmonella Enteritidis (S. Enteritidis)分離症例の集積が認められた。病院の対策にかかわらず症例発生が続き, 香川県中讃保健所と国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センターが7月22日に積極的疫学調査を行った。国内のS. Enteritidis発生状況は不明であるが, 同院では, 2016年4例, 2017年21例, 2018年は2例のS. Enteritidis分離症例を認めていた。
症例を「2019年5月22日~7月22日までに香川労災病院に入院し, 入院中に提出した検体からS. Enteritidisが分離された者」と定義した。事例発生早期に症例が確認された4病棟の入院患者157人に対し, 6月14~24日の間に便スクリーニング検査を実施した。症例発症1~2日前に提供された保存食の培養検査, および事例探知後の厨房(シンク, たわし, ミキサー, ミキサーで培地を攪拌した液体, 等)112カ所と病棟(給茶機, ナースステーション注入食準備台, 等)137検体の環境培養検査を6月3日~7月25日にかけて実施した。提供メニューとS. Enteritidis分離症例との関連はリスク比(risk ratio: RR)と95%信頼区間(confidence interval: CI)で評価した。症例と提供食から分離された菌株は, 感染研細菌第一部で全ゲノム解読(whole genome sequencing: WGS)を実施し, 単一塩基置換が3未満の菌株を同一クラスターとした。
症例定義に34例が合致した。症例は年齢中央値75歳(範囲:29-92歳), 男性が21例(62%)であり, 院内の全8病棟で確認されていた。検出検体は便32例(94%), 血液6例(18%), 喀痰1例(3%)であった(複数検体はそれぞれ計上)。31例(91%)が有症状で, 全例入院3日目以降に発症していた。感染との因果関係が不明ながら3例が死亡していた。発症日で並べると, 3つの波を形成していた(図)。第1波の3例はすべてミキサーで刻んだ食事(以下, ミキサー食)の喫食者であった。ミキサー食は病棟に上げられて夜勤帯で半分提供され, 残りは常温下で病棟に置かれ日勤帯で提供されていた。なお, ミキサー食と同様に経管栄養チューブを介して提供されていた滅菌パックされた濃厚流動食を喫食した者では症例が発生していなかった。第2波は2例でペースト状に加工した食材(以下, ペースト食)が提供されており, ペースト加工前の食材を使ったメニュー喫食者からは症例が確認されなかった。ミキサー食やペースト食以外を喫食していた症例では, 複数の提供メニューがS. Enteritidis分離症例と関連していた(6月24日夕食のオレンジRR: 2.6, 95%CI: 1.1-6.1, 6月25日朝食のチキンボールケチャップRR: 2.5, 95%CI: 1.1-5.8, 等)。
また, 各波が起こる前に大量に卵が使用されていたこと(図), 作業場所や使用器具, 洗浄・消毒のタイミングや方法が調理員により異なっていたこと(卵調理器具洗浄方法を含む), 洗浄用スポンジの次亜塩素酸ナトリウムへの浸漬が不十分であったこと, が確認された。病院による提供食の自主培養検査では, 6月24日に提供された形状の異なるピーナッツバタークリームを使用した2種類のホウレン草ピーナッツ和えを病院厨房で混ぜた検体からS. Enteritidisが分離されたが, 混ぜる前の残検体で再検したところ, 2種類のホウレン草ピーナッツ和えのどちらからも菌は分離されなかった。環境調査ではS. Enteritidisは分離されなかった。WGSでは, 第1波の3症例からの分離株が形成するクラスターと, 第2, 3波の31症例からの分離株と食材(ホウレン草ピーナッツ和え)からの分離株が形成するクラスターの2つが確認された。
本事例は, S. Enteritidisに汚染された食材が複数回にわたり病院厨房に持ち込まれ, その調理で使用した器具の汚染, 器具洗浄に用いたスポンジの汚染, ミキサーを含む複数の調理器具の汚染, 複数メニューの汚染, という流れから, 多岐にわたるメニューを喫食した入院患者で感染が広がったと推測された。WGSの解析結果から, 汚染食材が少なくとも2回持ち込まれたことが示唆された。汚染食材は特定されなかったが, 卵は一定頻度でS. Enteritidisに汚染されていること(洗浄後の卵殻で0.2%1)), 多くの過去のS. Enteritidis事例では汚染卵が原因であったこと2), 大量卵使用料理と症例発生状況との関係から, 汚染食材として卵が疑われた。
2007~2008年に国内338カ所の採卵鶏農場では70農場(21%)でサルモネラ属菌が, うち10農場(3%)でS. Enteritidisが分離されたと報告されているが3), 地域により違いがある可能性があり, 香川県内で流通している卵の汚染状況は不明である。サルモネラ属菌による県内採卵鶏農場の汚染状況および市場流通卵の汚染状況の把握と管理が事例発生防止に重要である4)。また, 病院では, 洗浄消毒の段階を含めて卵調理の器具を他の器具と分ける等, 卵が汚染されていても安全に調理・提供し, 給食全体の温度管理を徹底する体制を作る必要がある(ミキサー食は病棟で常温保存をしない, 等)。本調査の制約として, 院内で便スクリーニング実施や環境調査が必ずしもタイムリーに実施されていなかったことから, 症例や環境の菌汚染が十分把握できなかった可能性が挙げられる。今後, 国内や地域における同感染症の疾病負荷を理解し対策を進めるために, 地域におけるS. Enteritidisによる感染症発生状況の把握, 卵の汚染状況の把握が重要である。
参考文献
- 農林水産省消費・安全局, 平成19(2007)年度微生物リスク管理基礎調査事業 市販鶏卵におけるサルモネラ保有状況調査
- Control of Communicable Diseases Manual, 20th Edition
- 農林水産省消費・安全局, 平成19(2007)年度微生物リスク管理基礎調査事業 採卵鶏農場におけるサルモネラ保有状況調査
- 食品安全委員会, 食品健康影響評価のためのリスクプロファイル〔平成22(2010)年〕